爆風スランプ『大きな玉ねぎの下で』――築55年の日本武道館がいい感じに老けてきた 千代田区【連載】ベストヒット23区(1)

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爆風スランプ『大きな玉ねぎの下で』――築55年の日本武道館がいい感じに老けてきた 千代田区【連載】ベストヒット23区(1)

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スージー鈴木

音楽評論家。ラジオDJ、小説家。

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人にはみな、記憶に残る思い出の曲がそれぞれあるというもの。そんな曲の中で、東京23区にまつわるヒット曲を音楽評論家のスージー鈴木さんが紹介します。

音楽街、オフィス街、官庁街を内包

 音楽評論家のスージー鈴木です。今回からこのアーバンライフメトロにて、「ベストヒット23区」というテーマの連載を始めさせていただきます。

 東京23区、それぞれにまつわるヒット曲を紹介していきます。「23区すべてにヒット曲が見つかるのか?」「北区や江戸川区にまつわるヒット曲は果たしてあるのか?」などの不安はありますが、見切り発車します。どうぞよろしくお願いします。

『大きな玉ねぎの下で』の舞台となった、千代田区北の丸公園にある日本武道館(画像:写真AC)



 さて初回は、23区の中で東京の中心である千代田区から始めます。皇居を中心とした、まさに東京の心臓部のような区。官公庁やオフィス街のイメージが強く、その分、音楽のニオイをあまり感じない区でもあるのですが……。

 それでも、皇居の北側の半蔵門から神保町、御茶ノ水、秋葉原あたりの地図を眺めていると、心に音楽が流れてきます。半蔵門と言えば、日本FMラジオ界の総本山である「TOKYO FM」を運営するエフエム東京の本社ビル(麹町1丁目)があります。私事ですが1988(昭和63)年に、初めてラジオ出演した場所として思い出深いところです。

 なお神保町は中古レコード屋のメッカ、御茶ノ水にかけての楽器屋街、そして秋葉原は言うまでもなく今やアイドル発祥の地です。

 皇居の北側に点在する音楽のニオイが立ち込めるエリアから、丸の内のオフィス街、霞が関の官庁街まで、併せて飲み込んでいるのが、「東京の心臓部 = 千代田区」の奥深さなのです。

日本のロックバンドの憧れの地となった武道館

 さて、そんな千代田区の中でも、最も音楽のニオイがするスポットと言えば、日本武道館(千代田区北の丸公園。以下、武道館)でしょう。1964(昭和39)年の東京オリンピックで、柔道が正式種目となったことが建設の発端となりました。開館式が行われたのは、開会式(同年10月10日)のわずか一週間前(10月3日)。

江戸城天守台から見た武道館(画像:写真AC)



 武道館が「ロックの聖地」となるのは、言うまでもなく、1966年のビートルズ来日公演の会場に選ばれたため。「神聖な武道館で、ロックバンドが演奏することなどけしからん」という意見も多かった中、たった11曲、昼夜5回のビートルズ公演は大成功しました。それからは、ロックコンサートが目白押しです。

 思いつくだけでも、ザ・タイガースの解散コンサート(1971年)、レッド・ツェッペリン(同年)、ボブ・ディラン(1978年、8公演)、アリス(1979年、7公演)、オフコース(1982年、10公演)など、歴史的なコンサートが繰り返されています。またチープ・トリックのライブアルバム『チープ・トリックat武道館』の世界的なヒットで「BUDOKAN」の名は、世界的に知られることになります。

 結果、武道館は日本のロックバンドの憧れの地となり、いつか武道館でコンサートをすることを夢見て、日夜ライブを重ねていったのです。そんなムーブメントを象徴する「ザ・ブドウカン」という名前のバンドもあったくらい。

「玉ねぎ」は屋根の上に置かれた擬宝珠

 そんな夢を早々と叶え、デビュー翌年の1985(昭和60)年12月13日に武道館コンサートを開催したのが、爆風スランプです。広い武道館を満員にするための盛り上げとして彼らは、コンサートの約2か月前に『嗚呼!武道館』というコミカルな12インチシングルを発売しました。

 盛り上げは功を奏し、当日武道館は満員。そのときのアンコールで歌われたのが、今回の「ベストヒット千代田区」である『大きな玉ねぎの下で~はるかなる想い』(同年)なのです。

 武道館で行われるコンサートで、まだ見ぬ「ペンフレンド」(若い方は意味を検索してください)と待ち合わせをするも、相手が来なかったというシンプルかつセンチメンタルな歌詞。「大きな玉ねぎ」というタイトルは一見コミカルですが、それが武道館の屋根の上に置かれた擬宝珠(ぎぼし)のことを表しているというのは有名な話。

武道館の擬宝珠(ぎぼし)は「玉ねぎ」の愛称で呼ばれている(画像:写真AC)

 メロディも実に優美で、聴きどころたっぷり。特に「♪定期入れの中のフォトグラフ」と「♪九段下の駅をおりて坂道を」のところの、少しばかり技巧的なフレーズは一度聴いたら忘れることが出来ないもの。作詞はボーカルのサンプラザ中野、作曲は嶋田陽一という人です。

 1985年発売のアルバム『しあわせ』に収録。コミカルな爆風スランプによる意外に泣ける曲として口コミで人気が広がり、4年後の1989年にシングルカットされ、16.9万枚のヒット。この「コミカルなバンドのまじめな曲が、まずアルバムの中で発表され、数年後にシングルカット」という流れは、米米CLUB『浪漫飛行』と同様です(ちなみに爆風スランプ、米米CLUBともレコード会社はCBS・ソニーでした)。

アリスが老けた武道館で演奏する味わい

 その後、バブルの波に乗って、1988年に東京ドーム、翌1989年に横浜アリーナ、幕張メッセなどが開業。大規模コンサートはそれらの会場で行われることとなり、「猫も杓子も武道館」という空気は一段落しながら、武道館は今年、開館から55周年となり、9月からは2020年のオリンピックに向けた長期改修工事に入ることとなりました。

1989年に開業した東京ドーム(画像:写真AC)



 55歳の初老で長期入院間近の武道館には、「ドーム」や「アリーナ」にはない、品のある風情(ふぜい)があります。私は6月7日(金)、今年全員が70歳となるアリスの武道館コンサートを見に行ったのですが、いい感じに老けたアリスが、いい感じに老けた武道館で演奏するさまには、とてもいい感じの味わいがあったものです。

 最後に、大滝詠一が1980年代当時にラジオで話した一言をご紹介して終わります。

「サンプラザ中野がいる爆風スランプが武道館でコンサートをやって、ザ・ブドウカンが中野サンプラザでコンサートをしたら面白いよね」。

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