上京したのに何にも変わらなかった――そんな未熟な「自分探し」を捨て去った、私の末路とは

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上京したのに何にも変わらなかった――そんな未熟な「自分探し」を捨て去った、私の末路とは

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最新のトレンドや情報であふれ返っている――。これは、地方から東京を見た一般的なイメージです。しかしそのようなものは本質的に自分を変えません。

東京に行けば自分の人生が劇的に変わると信じていた

 よく、「東京に来ると人生が変わる」「子どもを産むと妻は変わる」と言われます。上京や出産というライフイベントが自身の環境や考え方に大きく影響し、何らかの変化をもたらすというのは一般的なことなのかもしれません。

 一方そのような出来事を経たところで、何も変わらなかった人もいるでしょう。筆者もそのひとり。「〇〇すれば自分は変われる」という、10代の頃に夢見ていた「自分探し」が叶わなかったのです。

寂しい東京のイメージ(画像:写真AC)



 筆者は山形県出身。先にふたりの姉が大学進学で上京していたこともあり、中学生の頃から「自分も早く東京に行きたい!」と強い憧れを持っていました。また当時の筆者は、地元の大学に進学して地元で就職して、中学や高校の同級生と結婚する人生なんて絶対に嫌だと考えていました。「東京に行けば、人なのか物なのか場所なのかはわからないけれども、きっとなにかドラマティックな出会いがあって、自分の人生を変えるはずだ」と本気で信じていたのです。

 上京して、「マンモス大学だから」という理由で選んだ早稲田大学に入学すると、学校の勉強のかたわら映画を作ったり、演劇活動をしたり、新宿ゴールデン街でアルバイトをしたりしていました。

 その間大学やバイト先などで、たくさんの素晴らしい友人や先輩に出会いました。しかし、「人生を変えるほどのドラマティックな出会い」はまだこの先にあると信じ、大学卒業後は就職せずにフリーターを選択したのです。

 結局筆者は、「いつかは何かが、誰かが自分の人生を変えてくれる」と「自分探し」と称したモラトリアムに流されていただけだったのです。そんな受け身で他人任せな「自分探し」で見つけられる自分なんてどこにもいないと気付いたときには、すでに上京して5年が経過していました。

出産して子育て中でも“母性”というものがわからない

 その後運よく夫と出会い結婚し、子どもを授かった筆者。妊娠中、筆者の前にまた「自分探し」の壁が立ちはだかります。それは多くの人から言われた、「女性は子どもを産んだら変わる」「今はわからないかもしれないけど、出産したら母性が溢れ出すよ」といった言葉でした。

妊娠中の女性のイメージ(画像:写真AC)



 子どもを産んだら変わる、母性が溢れ出す――。たしかに、自分の身体に直接的に関わる出産に伴う変化なので、「上京すれば人生が変わる」なんかよりよっぽど現実的で、リアルなものだと納得できました。産んだら体の奥からふつふつとマグマのように母性が湧き出るのだろう、と。

 しかし、実際に出産して1歳の子どもを育てている現在、筆者は自分自身が何も変わっていないことを実感しています。もちろん生活環境や睡眠時間は変わりましたが、自分自身の性格や考え方、洋服や映画の好み、夫に対する愛情は出産前とまったく変わりませんでした。

 あれだけ言われていた「母性」も、「自分に出ているのか出ていないのか」がわかりません。そもそも「母性が何なのか」すらわかりません。母性を辞書で引くと、「自分の子どもを守り育てようとする本能的特質」と出てきました。

「いやいや、本能でも特質でもなく『親として当たり前』のことなのでは? 母性神話なんてウソじゃん」

ということで、まだ子どもが1歳だからこうなのかもしれませんが、出産によってなにか新しい自分が見つかることはありませんでした。

人生は小さな出会いや小さな出来事の積み重ね

 今振り返ると、上京する前の筆者はきっと映画を見すぎていたのだと思います。東京に行くということは、隕石がいきなり落ちてきて、目の前にある景色が瞬く間に色を変えたり、昨日まで普通の人間だったのが朝起きたら電磁石に全身が繋がれ「お前は世界を救うヒーローに選ばれた」と謎の科学者に宣告されたり、石段を一緒に転がり落ちた男性と入れ替わったり……。

 東京に行くという、ただそれだけで自動的にさまざまな出来事が身に振りかかり、自分の人生を勝手に変えてくれると信じていました。出産する前も、産後の自分に対してまるで別人にでもなれるかのような変身願望を少なからず抱いていたのかもしれません。

 しかし、「〇〇すれば自分は変われる」という期待が幻想だと気付いたとき、出会う他者や与えられた環境に依存するのではなく、自らの意志や主体的な行動がなければ人は変わらないという当たり前のことがやっと理解できました。

そんな私の末路とは……

 自らフリーターになったことで、普通に就職していたらわからなかったかもしれない、若年層の貧困や社会の裏側を知る機会を得ました。結婚する際に生まれて初めて親に反抗して一時的に関係が悪化したことで、両親の有難みや家族の意味を知りました。

固い絆で結ばれた友人のイメージ(画像:写真AC)

 出産という出来事よりも、そもそも子ども嫌いだった筆者が「子どもを産みたい」という意志を持ったことの方が大きな出来事でした。どこからか降ってくる転機を待つよりも、自分が選択して進んだ先に見つけた答えの方が、筆者にとっては人生の財産となっているような気がします。

 そして地元の友人も東京の友人も、これまで出会ってくれたすべての人との人間関係が今の筆者を形作っていることは言うまでもありません。自分の人生を変えるのは主体的な行動と、小さな出会いや出来事の積み重ねであるという「本当の自分探し」のゴールに行き着くまでに、上京後から10年もかかってしまいました。

 自分探しとは、インドに行ったり自己啓発本を読んだりすることではなく、毎日を自分の意志で一生懸命に生きることに尽きるのではないでしょうか。ぼた餅の入った棚はある日突然空から降ってくるのではなく、いまいる場所の何気ない日常の中に潜んでいると強く感じています。

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