招き猫まみれの「豪徳寺」 400年以上前、その場所にあった意外なものとは? 滋賀県の有名キャラとの関係も明らかに

近年、外国人にも大人気の豪徳寺。そんな豪徳寺が建立される前、実はその場所に意外なものがありました。フリーライターで古道研究家の荻窪圭さんが解説します。


豪徳寺へは上町から世田谷城攻めの気持ちで!

 世田谷城が廃城となったとき、吉良四天王(またもや四天王登場!)のひとりだった「大場氏」はそれを期に、世田谷で帰農しました。武士をやめて農民に戻ったのですね。それに目を付けた井伊家が、世田谷の代官に任じたのです。

 以来、紆余曲折はあったものの大場氏が代官をつとめ、その屋敷と門が残ってます。敷地には世田谷区立郷土資料館もありますから興味のある方はぜひ。

 そしてまたボロ市通りに戻り、上町に戻ります。まっすぐ北を向くと遠くに森が見えます。これが「世田谷城址公園」。世田谷城の南東の角が城址として公園になってます。空堀や土塁といった室町時代の城の遺構を味わえます。高低差を気にしながら歩くと、お城が少し高台に作られたことが実感できます。

世田谷城址公園。少し高台になっている。石垣があるがこれは昭和のもの。当時は石垣はなかった(画像:荻窪圭)

 世田谷城址公園前の城山通りを西に向かうと豪徳寺の表参道。まっすぐの松並木を超えると豪徳寺の山門(2019年夏現在修復工事中でありますが)が現れます。

 寺内正面には江戸時代に建てられた仏殿。その手前には井伊直孝の菩提を弔う江戸時代前期の大きな石灯籠が残ってます。この燈籠、よく見ると井伊直孝の法名が刻まれており、そこに「豪徳」の文字も見えます。

 仏殿の左手にあるのが招福観音堂。招き猫エリアですね。奉納された素焼きの招き猫が無数に並んでいて圧巻です。この招き猫はお寺の庫裏で豆サイズから大きなものまで売られています。わたしもいくつか持ってます。

 豪徳寺の西側の奥は井伊家の墓所。井伊直孝から直弼までずらりと並んでいます。幕末好きの方は是非こちらにも参りましょう。

 帰りは東急世田谷線宮の坂駅が最寄りですが、駅の反対側にある世田谷八幡宮を詣でて、そこから北に抜けて小田急線豪徳寺駅まで歩くのもおすすめ。豪徳寺駅へ向かう商店街は江戸時代の古道です。


【地図でチェック】「白い点線」が本文で紹介したおすすめルート。オレンジ色の線が古街道

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