招き猫まみれの「豪徳寺」 400年以上前、その場所にあった意外なものとは? 滋賀県の有名キャラとの関係も明らかに

近年、外国人にも大人気の豪徳寺。そんな豪徳寺が建立される前、実はその場所に意外なものがありました。フリーライターで古道研究家の荻窪圭さんが解説します。


豪徳寺の招き猫は「ひこにゃん」のモデル?

 さて江戸時代。徳川四天王のひとり井伊直政は彦根藩藩主となり、その息子・直孝のとき、世田谷一帯が彦根藩世田谷領として与えられます。なんと、世田谷は彦根藩の領地だったのですね。

 その井伊直孝が鷹狩りへ行った帰り、とあるボロ寺の門前でしきりに手招きする猫がありまして、気になって入ってみるとそれは和尚の愛猫。渋茶をすすりながら意気投合し、直孝がその僧に帰依(猫のおかげで直孝一行が落雷から逃れたって話もついてきます)。かつての弘徳院は無事に井伊家の菩提寺となり、のちに井伊直孝の法名から「豪徳寺」と名づけられて立派になりました。

城山通りから豪徳寺への入口。世田谷城の土塁に挟まれた松並木の奥に山門が見える(2019年夏現在改修工事中)。こちらから参拝したい(画像:荻窪圭)

 井伊家代々の墓所も作られ(桜田門外の変で殺された井伊直弼の墓もあります)、そのときの猫は寺に福を招いたってことで、それをかたどった「招き猫」が作られたのです。彦根城城主の井伊直孝を落雷から救った猫ということから、彦根市のキャラクター「ひこにゃん」が誕生しました。なんと、滋賀県彦根市のひこにゃんと東京都世田谷区豪徳寺の招き猫にそんな関係が!

 話が広がりすぎたのでまとめますと、

・豪徳寺のルーツは世田谷城内の庵だった
・井伊直孝を招いた猫が「招き猫」のルーツだった
・豪徳寺の招き猫は「ひこにゃん」のルーツだった

というわけです。この3つを知るだけで豪徳寺訪問が3倍楽しくなります。

 ではいざ豪徳寺へ。小田急線に豪徳寺駅がありますからそこから行くのが普通、と思いがちですが、わたしのおすすめは東急世田谷線の上町駅。世田谷の城下町として栄えたのがこのあたりだからです。

 上町駅から南へ向かって歩き、世田谷通りを渡って坂を少し上りますと、東西の古い真っ直ぐな道が現れます。実はこれ、世田谷通りの旧道で、往時の世田谷宿で(上町の語源は「上宿」です)、戦国時代に小田原北条氏がここに「楽市」を開いて賑わっていた場所。今でも年に2回「世田谷ボロ市」が開催されますが、そのルーツは戦国時代に遡るのです。家康が江戸にやってくるずっと前に栄えていたのですね。この旧街道沿いには「世田谷代官屋敷」が残ってます。

豪徳寺へは上町から世田谷城攻めの気持ちで!


【地図でチェック】「白い点線」が本文で紹介したおすすめルート。オレンジ色の線が古街道

画像ギャラリー

/wp-content/uploads/2019/08/190816_neko_04-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2019/08/190816_neko_05-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2019/08/190816_neko_06-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2019/08/190816_neko_07-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2019/08/190816_neko_08-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2019/08/190816_neko_09-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2019/08/190816_neko_10-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2019/08/190816_neko_01-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2019/08/190816_neko_02-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2019/08/190816_neko_03-150x150.jpg

New Article

新着記事

Weekly Ranking

ランキング

  • 知る!
    TOKYO
  • お出かけ
  • ライフ
  • オリジナル
    漫画