プールの聖地「としまえん」 550年前、巨大スライダーの場所にそびえ立っていた意外なものとは?

東京を代表する遊園地「としまえん」。親子が仲良く集うそんなとしまえんがある場所にはかつて、平和な遊園地のイメージとはほど遠い「お城」がありました。いったい何があったのでしょうか。フリーライターで、古道研究家の荻窪圭さんが紹介します。


練馬区に入ったら良辨塚に注目

 練馬区に入って北上すると、道は二手に分かれます。右手が練馬城へ向かう道ですが、そちらは狭い生活道としてかろうじて残っている感じなので、通り過ぎないよう注意。

 具体的には願かけ地蔵から2つめの信号(中村南三丁目北)の次の細い道を右手にはいります。そして斜めに伸びるゆるやかにカーブした古道を道なりに進むと、左手に、鉄の柵で囲まれた小さな広場があらわれます。

 ここは「良辨塚(りょうべんづか)」跡。良辨は南北朝時代、500mほど東にある南蔵院に滞在した僧侶。1357年、ここにお経を収めた筒を埋めた塚を作りました。その経筒(きょうづつ)は江戸時代に掘り出されて南蔵院で保管されていますが、跡地に大きな碑が建てられています。一緒に近隣にあった道標や石仏が集められており、それを見ているだけでも飽きません。

良辨塚とそこに集められた石仏たち(画像:荻窪圭)

 街道筋ならではの遺構を確認したところでさらに進みましょう、一部失われていますが、小さな稲荷や不動堂の脇を抜け道筋に沿って進むと、大通りに出ます。

 これは千川通り。江戸時代に「千川上水」が通っていた水路の跡です。近くの交差点を迂回して超えます。

 さらに進んで西武池袋線の高架をくぐると大きな「目白通り」。ここを渡り、今まで歩いた街道の続きに入ります。歩行者用信号を渡ったら団地前の道を右に曲がり、次を左折する感じです。

 あとは緩やかにカーブする道を道なりに歩くのみ。ときどき左手を見ると、左手ががくんと低くなっているのがわかるようになってきます。この谷が練馬城の守りに一役かっていたのです。そうこうしているうちに左手にとしまえんがあらわれます。

練馬城で水攻めにあう?


【地図で比較】「としまえん」周辺。明治の終わりと、現代ではこんなに違っていた

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