定食わずか500円 新大久保の「ネパール料理店」に集う、留学生のひたむきな思いとは

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定食わずか500円 新大久保の「ネパール料理店」に集う、留学生のひたむきな思いとは

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室橋裕和

アジア専門ライター

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日本国内の外国人労働者数は約146万人といわれています(2018年10月末時点)。その数は年々増加傾向にあるにも関わらず、日本人たちは彼らについてよく知っているとはいい難い状況です。アジアに関する多くの著書があるライターの室橋裕和さんに、新大久保のネパール人についてレポートしていただきます。

新大久保は、タピオカとK-POPだけの街ではない

 スパイスがさわやかに香り、よく煮込まれたチキンカレー。じゃがいもの炒め煮。そして、豆のスープとご飯、ピリ辛の漬物。ワンプレートに並ぶいくつもの料理は、まず彩りがいいんです。

新大久保のネパール料理はとにかく安い。そして、カレー&ナンの世界とはずいぶん違う(室橋裕和撮影)



 口にしてみると、さらさらのカレーはほどよくスパイシー。日本人でも食べやすく、じゃがいもはほくほく。豆のスープは、周りの客にならってご飯にかけてみましたが、これもいけます。ついでに言うと、ご飯はおかわりができます。

 これは、ネパールの定食「ダルバート」。ダル(豆)と、バート(ご飯)をベースにしたセットメニューで、ネパールのソウル・フードと言えるかもしれません。いわゆる「庶民の味」です。

 このダルバートを楽しめるのは、なんといっても新大久保。「女子が、タピオカとチーズドッグ目あてにやってくるコリアンタウン」というイメージが強いかもしれませんが、いまや新大久保は日本を代表するミックスカルチャーの街なのです。近年はベトナム人やバングラデシュ人、ネパール人などが急増し、多くの食材店やレストランが並んでいます。

 特にネパールレストランは、日本で学び、働くネパール人がたくさんやってきます。店のたたずまいは決しておしゃれではありません。しかし、新大久保で暮らすネパール人たちで賑わい、テレビではネパールの放送が流れ、スパイスの香りが漂っています。

 日本人のお客がまったくいないことも珍しくはありません。カトマンズの路地裏じゃないかと錯覚するぐらいです。日本にいながら、ネパールを旅している気分になります。

 そんな店が新大久保にはいくつも点在しています。「ラトバレ」「ネパールモモ」「トーキョーロディ」「ニュームスタン」「さくら」……ダルバートは、どこも大抵500円。破格ともいっていい安さなのです。

 ネパールで、ダルバートは「格安で、誰でも食べやすいものであるべし」という考えがあります。それ加え、在日ネパール人の急増で、ダルバートに使う食材や調味料を扱う店も増え、価格が安くなったことで500円での提供が可能になったのです。

新大久保のネパール化が進んだ理由

 現在とは「違う意味」で労働力不足だったバブル時代に、多くのネパール人が日本にやってきました。彼らがまず住んだのは品川区の西小山や、大田区の蒲田あたりだったと言われています。

 2000年代に入ると、それが少しずつ新大久保へ移っていきました。新宿という巨大ターミナルのが近く便利で、そのわりに家賃は安い、すでに韓国人や中国人たちのパイオニアがいて外国人に慣れている……そんな理由で、食材店やレストラン、さらにはネパール語新聞の編集部などが新大久保に進出したのです。

 大きな転機は、2011(平成23)年の東日本大震災でした。震災の影響で、中国や韓国の留学生たちがいっせいに帰国したことで、新大久保から高田馬場にかけて密集する日本語学校は運営に困ることになります。そこでネパール人やベトナム人を、より広く受け入れることにしたのです。

 ネパール人はやがて、新大久保の一大勢力となっていきます。日本全体でおよそ8万5000人のネパール人が暮らしていますが、新大久保を擁する新宿区が特に多く、約3200人が集住しています。

 買出しや食事をしたり、友達と会ったりするために、ほかの街からこの一大コミュニティを訪れるネパール人はたくさんいて、新大久保は「リトル・カトマンズ」とも言える街になっています。

素顔のネパール人と出会える

 新大久保には起業してビジネスを行うネパール人もいますが、主役はやはり留学生でしょう。昨今、大きな問題となっている技能実習生は地方に多く、東京は留学生が中心です。

新大久保にはネパール人経営のアジア食材店がいくつもある(室橋裕和撮影)



 留学生は週28時間のアルバイトが認められています。日本文化に興味を持ち、日本語を学ぶことと同時に、働くことも彼らの来日の大きな目的のひとつとなっています。

 コンビニや居酒屋、清掃、建設……僕たちの身近にも、ネパール人がずいぶんと増えました。そうした現場で、彼らは日本人と同じように働き、稼いだお金を学費に回し、渡航費を返済し、故郷の家族に送金しています。新大久保にはネパールの山間部にある小さな銀行まで届けられる送金会社だってあるのです。

 苦学生の生活は、結構きついものです。ぜいたくはできません。だからこの街の500円のダルバートは、彼らにとって本当に助かる存在なのです。

「ふだんは自炊です。でも今日は夜勤で遅くなって、疲れちゃった」

 ホテルの清掃を終えたある男性は、そう笑ってやっぱりダルバートを注文しました。これならワンコインで、お腹いっぱいになれます。

「今日はたまたま、出身が同じ友達と会ったから」

と、たまの贅沢だというビールを飲んでいる人たちもいます。つまみは「スクティ」という、干したマトンを炒めたもの。噛みしめるほどに旨味が染み出します。

 遠い国からやっていた人々が、学校や職場からも開放され、楽しげにくつろいでいます。そんな若者たちで、店は賑わいます。

 新大久保近辺には、20軒ほどのネパール料理店があると言われます。そこには、僕たちが日ごろ接している、お世話になっているネパール人たちが羽を伸ばしています。彼らの素顔を見に、新大久保へダルバートを食べに行ってみてはいかがでしょうか。

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