渋谷にかつて「お城」があった! 駅から500m、跡地にはいったい何が

文化の発信地として知られる渋谷、そんな渋谷にかつてお城があったことをご存知でしょうか。場所が気になるそこのあなた、フリーライターで、古道研究家の荻窪圭さんがあなたをご案内します。


渋谷城と金王丸伝説

 なぜ渋谷城が「金王八幡」なのでしょうか。そこに登場するのが渋谷金王丸伝説です。

金王八幡宮の表参道。少し高くなっているのがわかります。渋谷という土地にありながら立派な境内を持ち、参拝するビジネスマンの姿も(画像:荻窪圭)




 伝説によると平安時代末期、渋谷金王丸という若者がおり、源義朝(源頼朝の父)に従って戦ったが平氏に負けたため、金王丸は出家して諸国を行脚、その後源頼朝に乞われて戦線に復帰して活躍したそうです。

 金王八幡宮には、金王丸が17歳で出陣する際、自分の姿を彫刻して母に残したという木像が残されていたり(金王丸御影堂)、金王丸が所持していたという長太刀が伝わっているほか、1189年、源頼朝が渋谷金王丸の忠節を偲んで桜を植えたともいわれてます。その桜は「金王桜」として江戸時代に賑わい(江戸絵図にも描かれているくらい)、今でもその子孫がソメイヨシノより少し早い時期に花を咲かせています。

 社殿の後ろに高層ビルが見える都心部らしい場所にありながら、静かで広い境内を持っていますし、宝物殿も無料で公開されていますから、渋谷の人混みに疲れたらここで一息という場所としてもおすすめです。

 さて、渋谷城はその後どうなったか。

 1524年の戦国時代、小田原の北条氏が江戸城の上杉氏(江戸城は1457年築城)を攻めたとき、北条氏の軍勢によって落城してしまいました。徳川家康が江戸に入った1590年にはもうなかったのです。

 金王八幡宮の隣には豊栄(とよさか)稲荷神社があります。これは渋谷駅前にあった田中稲荷(稲荷橋のたもとにあった神社です)と道玄坂上にあった豊沢稲荷を1964(昭和36)年に合祀したもの。足を運んだ際には一緒に参拝してみましょう。


【江戸時代の絵図】18世紀前半、渋谷あたりの風景はこんな感じだった!

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