東京で高まる「ひとり焼肉」ニーズ、実はひとりのためだけじゃなかった! その最前線を追う

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東京で高まる「ひとり焼肉」ニーズ、実はひとりのためだけじゃなかった! その最前線を追う

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ひとりで焼肉店に足を運んで焼肉を楽しむ「ひとり焼肉」が盛り上がりを見せています。2018年には専門店もオープン、その勢いは時を重ねるごとに増しています。その背景には何があるのでしょうか。

増加する焼肉店の「ひとり客」

 ひとりで焼肉店に足を運んで焼肉を楽しむ「ひとり焼肉」が盛り上がりを見せています。2014年に首都圏の焼肉店で6.3%だったひとり客の数は、2018年に9.5%まで増加(調査会社エヌピーディー・ジャパン調べ)。近年好調な焼肉市場をさらに底上げする要因となっています。

 その背景にあるのは、近年の肉料理ブームと「おひとりさま」需要、そして何より「焼肉ライク」を始めとする、ひとり焼肉「専門店」の登場です。「ひとり焼肉」市場は今後どうなるのでしょうか。その最前線を取材しました。

会計以外の作業は自席で完結

 2019年1月にオープンした「焼肉ライク 渋谷宇田川町店」(渋谷区宇田川町)。渋谷駅ハチ公口から徒歩5分の場所にある同店は、「ひとり焼肉」の専門店です。2018年8月、新橋にオープンした1号店から数えて3店目となる店舗で、約20坪の広さに28席。それぞれの席には、焼肉を焼いても余分な煙の出ない無煙ロースターがひとつずつ備え付けられています。

「ひとり焼肉」を楽しむ女性のイメージ(國吉真樹撮影)



 某日19時過ぎ。記者が同店を訪れると、会社帰りとおぼしきビジネスパーソンや学生、インバウンドなど、店内はさまざまな人たちでにぎわいを見せていました。その間を所狭しとスタッフたちが動いています。

 注文はタッチパネル。運ばれてきた肉をロースターで焼き、タレをつけ、ご飯とともにに淡々と、かつスピーディーに口に運ぶその光景は、家族や友人たちとゆっくり会話を楽しむ従来の焼肉店のイメージと大きく異なります。箸やおしぼり、水も自席内に置かれているため、会計以外の作業は自席で完結。焼肉店というより、無駄が一切省かれた工場のオペレーションのようです。加えて、完全禁煙。

「メニューは注文から約3分で提供しています。滞在時間はおひとりさま平均25分ほど。客層は30~40代のサラリーマンやOLの方がメインで、約30%は女性です。ご来店のピークは平日・休日ともに19~21時にかけて。週に2~3回来られる常連客の方もいらっしゃいますし、最近ではアジアや欧米からのインバウンド客も増えています」(「焼肉ライク 渋谷宇田川町店」を運営するダイニングイノベーションの担当者)

 肉はバラカルビ(330円/100g)から牛タン(790円/同)まで計8種類を用意。プラス200円でご飯とスープ、キムチのセットを付けることができます。肉は50g単位で細かく注文できることも支持されるヒミツ。人気メニューはセットメニューの「カルビ&ハラミセット 200g」(1290円)です。

「肉は一部を除き、チルド肉を使っているため、鮮度の良さも売りにしています。ちなみに女性の一番人気は牛タン。カロリーを気にされる方はミスジ(肩甲骨付近の部位)がおすすめです。最近は糖質制限ダイエットの影響もあり、肉だけを頼まれる方も増えています」(同)

 渋谷宇田川町店と新橋店のほか、現在都内に新宿西口店、五反田西口店、秋葉原電気街店、上野店、赤坂見附店がオープンしている「焼肉ライク」。運営元のダイニングイノベーションは今後、フランチャイズを含めた積極的な店舗展開で、「ファストフードとしての焼肉」を全国に広げていく構えです。

新たな潜在需要の獲得も

 2011(平成23)年の「ユッケ集団食中毒事件」や東日本大震災の影響で大きな冷え込みを見せた焼肉市場はその後、ステーキやハンバーグ、熟成肉などによる「肉ブーム」や郊外型の食べ放題店の台頭などで一転上昇。2018年は首都圏で1918億円を記録しています(調査会社エヌピーディー・ジャパン調べ)。この金額は2014年と比べ、28%増となっています。

「郊外型の食べ放題店が台頭したのは、外食を好む家族客の増加に関係しています。2014年の増税で、消費者の間に『節約志向』が高まったことで、外食には『外食ならではの価値』が求められるようになりました。その結果、客単価(ひとり当たりの支払い金額)が上昇し、市場の拡大につながったのです」(エヌピーディー・ジャパンのシニアアナリストで、外食産業に詳しい東さやかさん)

首都圏の焼肉店の市場規模と「ひとり客」の割合(画像:エヌピーディー・ジャパンのデータを基にULM編集部で作成)



 そんななか、「ひとり焼肉」が世の注目を浴びたのは2015年頃。「治郎丸」などの立ち食いスタイルの焼肉店がメディアに多く取り上げられたことがきっかけでした。その後、類似店が増加。ひとりで焼肉を食べるということへの心理的なハードルが下がり、焼肉店におけるひとり客の割合の上昇につながったのです。加えて、2018年の「焼肉ライク」といった専門店の出店がさらなる加速に。また、東さんによると、単身世帯の増加も要因のひとつだといいます。

 ここで気になるのは、ひとり焼肉専門店がほかの店舗へ及ぼす影響です。

「利用者の層や用途が似ているため、『いきなりステーキ』のような競合店や、居酒屋、ラーメン店、中華料理店の利用者を奪うことが考えられます。その一方、これまでひとりで外食することに抵抗があり、惣菜や弁当などを買って家で食べたり、自宅で料理したりしていた人たちの潜在需要を新たに取り込む可能性もあります」(東さん)

 また、ある業界団体の関係者はこう指摘します。

「これまでの焼肉店は複数人で行く場所であり、焼肉もいわばご馳走的な存在です。そのため、ファストフード的な専門店とは需要が分かれるのでは。提供品としては同じ焼肉ですが、あくまでも『おひとりさま需要』の店舗ですから、カウンター席のあるファミリーレストランの利用者などとバッティングすると考えられます」

 そのほかにも、リピーター獲得に向けた施策も市場の拡大にとって欠かせません。前出の東さんはそのことについて

「具体的なターゲットにアプローチし、その層が満足するサービスや商品を提供することです。例えば、正しいターゲットを『男性〇〇代、サラリーマン』とし、『ひとりでも気軽に本格焼肉&ビール』などと、そのターゲットの目につくようにアピールすることが求められます」

と話します。

ライバル社の見解は?

 立ち食い焼肉という形態で「ひとり焼肉」需要の先鞭をつけ、現在都内に6店舗を構える「治郎丸」は現在、来店客の30~40%がひとり客で、過去3年間で3~5%の伸びを見せているといいます。運営元の弥生は「今後も同様に増えていくでしょう」と自信をのぞかせます。

治郎丸でひとり焼肉を楽しむ人たち(画像:弥生)



 同店の売りは、A4ランク以上の黒毛和牛を1枚単位で提供していることです。「ひとり焼肉」利用者に人気のメニューは、サーロイン(300円)とリブロース(同)だといいます。

「通常の焼肉店で1皿4000~5000円する黒毛和牛を、安く食べられると人気です」(弥生の担当者)

 来客層の約40%が女性。来店者の滞在時間は昼夜平均で30分程度とのことです。

「さまざまなコンセプトの『専門店』が多く出店することで、気軽に『ひとり焼肉』が楽しめる流れができるといいですね。しかし、当社は黒毛和牛にこだわっているため、肉の価格相場の関係上、急激な出店は控えています」

 弥生ではライバルの出店加速を冷静に受け止めているようです。

 一方、焼肉レストランチェーン「七輪焼肉 安安(あんあん)」を全国展開する富士達(横浜市)は、市場をけん引してきた業界大手の立場から、専門店について次のように見解を述べます。

「当社では、ひとり1台の無煙ロースターの設備代がメニュー料金に反映されてしまうことより、ひとりでも多くのお客さまに、さまざまなシーンでご利用いただけるよう、設備代を抑えることで価格も抑え、メニューそのものの価値を上げていきたいと考えています。もちろん当社でも『ひとり焼肉』のお客さまは大歓迎です」

「ひとり焼肉」の意味する本質とは?

 取材を続けていると、既存の「ひとり焼肉」という固定化された概念をひっくり返す考えに出会いました。ある焼肉チェーン関係者は「専門店か否か」という現在のカテゴライズにそもそも違和感を覚えるといいます。

「専門店という言葉はたしかに分かりやすく魅力的に聞こえますが、ふたりで行けば、仕切り壁を外して対応してくれる店舗もあります。結局のところ、店舗の『レイアウト』に関する話に過ぎないのでは」

 これには、前出の焼肉ライクの担当者も口をそろえます。

「メディアの影響で、専門店という言葉が先行してしまい、ひとり『専門』の店舗だと誤解されがちです。本当は、ひとり『でも』焼肉が食べられるという意味で、ご友人やご同僚と来られてもまったく問題ありません。『でも』とは、複数人で来られても、席が分かれているため、自分の『パーソナルスペースを確保できる』といった意味です。この本質がご理解されれば、これまで複数人で来られていた方が、ひとりでも来られるようになります」

「焼肉ライク 渋谷宇田川町店」取材時も、20代の女性会社員ふたり組が来店。記者が来店した理由を聞いたところ、女性のひとりが隣にいるもうひとりの女性を見ながら、「友だちが『このお店は安いから』と誘ってくれたんです」といい、一列の席に仲良く横に並んでいました。ふたりはともに一番人気の「カルビ&ハラミセット 200g」を注文。焼肉をほお張りながら、「思っていたよりも本格的でおいしい」とうれしそうに話していました。

郊外型店の展望は?

 都心部を中心に出店を行ってきた「焼肉ライク」は2019年3月29日(金)、郊外型店舗第1弾となる「焼肉ライク 松戸南花島店」(千葉県松戸市)をオープンしました。オープニングセレモニーにはタレントの秋元才加さんや渡部建さんが駆け付け、メニューの実食やテープカットを実施。多くのファンが駆け付け、にぎわいを見せていました。

 なお同店は、大手ラーメンチェーン「幸楽苑」を運営する幸楽苑ホールディングス(福島県郡山市)のフランチャイズ展開第1号店でもあります。

「焼肉ライク 松戸南花島店」のオープニングセレモニーに参加した秋元才加さん。秋元さんが座っている席はふたり用(國吉真樹撮影)



 店外の垂れ幕に書かれたキャッチコピー「ひとりでも、家族でも」から分かるように、同店は「ひとり焼肉」需要だけでなく、大手チェーンのように家族客などもターゲットにしています。店内の中心にはひとり席(20席)が、壁沿いには複数人に対応できるよう、ソファー席(32席)が設置されています。

 ひとりあたりの滞在時間は、都内店舗の1.4倍にあたる35分を想定。その分、カレーやビビンバなどのサイドメニューを充実を図ることで、客単価の向上を図る考えです。

「焼肉ライク」のビジネスモデルは郊外でも成功するのでしょうか。エヌピーディー・ジャパンの東さんは、次のように話します。

「焼肉店に限らず、郊外型店舗はひとり客の割合が低い傾向にあります。また、焼肉店は元来、収益のメインを夜の営業に頼る業態のため、懸念がないとは言えません。当社の調査によると、夕食、または夜の間食で焼肉店を利用する人の34%がアルコールを飲んでいます。郊外型店舗は車で行くケースが多く、誰かが運転しなければならないため、アルコールによる売上が見込みづらい部分があります。より多くの利益を得るには、コストパフォーマンスの良いランチメニューの充実が必要です」

 そのような指摘について、運営元のダイニングイノベーションは、近隣の郵便局やフランチャイジーである幸楽苑の店舗にチラシやポスターを置いたり、タクシー広告を打ったりするなどをして、郊外型の施策を行っているといいます。

「焼肉ライク」のロゴマークである、親指を立てた「Good」のジェスチャーが載った看板(國吉真樹撮影)

 同社に今後の展望について聞いたところ、「出店加速によりブランドの確立を果たしていきます。現状、特にライバルはいません」と強気の姿勢。

 親指を立てた同店のロゴのように、ダイニングイノベーションの「ひとり焼肉」拡大戦略は「Good」な方向へ向かうのか、焼肉業界全体を巻き込んだ戦いの火蓋は切って落とされたばかりです。

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