都内最古の銭湯 店主は震災利益を義援金に回した「江戸の心意気」を持つ人だった

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都内最古の銭湯 店主は震災利益を義援金に回した「江戸の心意気」を持つ人だった

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高橋里実

温泉ソムリエマスター

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東京で最も古い銭湯が江戸川区にあります。創業はなんと246年前。なぜそこまで長く続いているのでしょうか。その裏には、店主の「原点」を忘れない姿勢がありました。

船問屋から銭湯へ

 都営新宿線「船堀」駅から徒歩5分。閑静な住宅街にひと際目立つ看板があります。1773(安永2)年創業、都内最古の銭湯「あけぼの湯」(江戸川区船堀)です。

「あけぼの湯」のフロントで笑顔を見せる店主 嶋田照夫さん(2019年5月、高橋里実撮影)



 江戸時代は船問屋をしていたという「あけぼの湯」。夕方になると関所が閉まるため、一泊するお客さんが多く、「お風呂もあればいいなぁ」という声が上がったことから、銭湯を始めたという歴史があるそうです。それから明治・大正・昭和と人の流れが変わり、現在の場所に移ったのは1953(昭和28)年のこと。

 そんな「あけぼの湯」の19代目店主が嶋田照夫さんです。もともとは会社員でしたが、婿養子に入ったことがきっかけで、1985(昭和60)年に継ぐことになりました。

「独身のころはサウナが大好きでね。仕事終わりにサウナに行って、それから最後にビールを飲むのが一番の楽しみだったんだよ」

 そのころの思い出が強かったものの、当時のあけぼの湯はまだ、湯上がりにビールを飲めませんでした。婿養子で入ったものの、「なぜ銭湯でビールが飲めないのか」と思い、お義父さんに直談判。手続きなど、手間がかかる部分もあったそうですが、休憩スペースでビールを出せるようになったことで、お客さんの笑顔も増えたそうです。

「自分の好きなことっていうのは、相手にも喜んでもらえるんだなと実感した瞬間でしたね」

 今でこそ、天然温泉の銭湯ですが、もともとは「普通」の銭湯だったそうです。お客さんから、「ここはあったまるねぇ」「温泉なの?」などと聞かれることもありましたが、そのたびに「井戸水だから、温泉じゃない」と答えていたという嶋田さん。しかしある日、周辺で温泉が湧いたという話を耳にします。

「うちも井戸水を調べてもらったら、本当に温泉で。びっくりしたよ」

東日本大震災で垣間見えた助け合いの心

 しかし、温泉になったからといって必ずしも集客につながったわけではなかったそうです。このころから家庭用のお風呂が普及し始め、銭湯文化に少しずつ陰りが見えてきました。嶋田さんは銭湯にも付加価値が必要だと感じ、リゾートホテルを視察するようになります。

「子どもたちと行くときも、『どんなところだったら喜ばれるのか』とよく見るようになりましたね」

昔ながらの牛乳石鹸のれん(2019年5月、高橋里実撮影)



 その後、1996(平成8)年ごろにあけぼの湯を大きく改装。もともとスーパーマーケットに貸していた1階部分をお風呂にして、現在の12種類のお風呂を楽しめる形になりました。

「それから、来るお客さんの層が大きく変わりました。昔は年配の人が中心で、半径1km以内ぐらいから来てくれていましたが、家族連れ4人とか、電車で遠くから来てくれる人も増えて。広範囲からわざわざ来てくれるお客さんがいるのは、やっぱりうれしいですよ」

 しかし、2011(平成23)年3月11日に東日本大震災が発生。

「震災のときのことは、鮮明に覚えているねぇ。オープン前の準備をしていたら大きく揺れて、湯船からお湯が半分以上出ちゃって。電気もガスも止まるし、備品もぐちゃぐちゃ。店開けるかどうしようかと思って、外に出たら人が並んでいて。これは開けなきゃと思って」

 お客さんから「早く開けて」との声もあり、慌てて開店。井戸水を使っているため、お湯は少しにごってしまったそうですが、お客さんからは「それでもいいから入りたい」との希望がありました。休日には500人ほどの来店があるあけぼの湯ですが、当時は1日当たり2000人が来店したといいます。

「浦安が液状化したことが原因で、そっち方面からくる人が多かったね。毎日すごいお客さんが来てくれるのはいいんだけど、そうすると、今度はトイレットペーパーとか備品が足りなくなって。

 お店に売ってなかったじゃない? それで『なくなっちゃったから持参してもらえると助かる』みたいなことを伝えていたら、後日、12ロールのトイレットペーパーを持ってきてくれた人もいたんだよ。律儀な人だなぁと思ったけど、本当にあのときは助け合いだったね」

「歴史があるからこそ、お客さん目線に立つ」

 当時の売り上げはかなりの額になったといいますが、それは義援金として納めたそうです。

「もともと入ってくる予定がなかったお金ですし、これは被災地にお返ししないといけないなと思って」

あけぼの湯の外観(2019年5月、高橋里実撮影)



 嶋田さんが「あけぼの湯」を継いで34年。風呂上がりの一杯を楽しめるようにしたり、温泉認定やリゾートホテルを参考にしたお風呂の大改装、そして震災を乗り越えたりとさまざまなことがありましたが、根底にはお客さんへの熱い思いが常にあります。

「『歴史があるからこそ、お客さん目線に立つ』という原点を一番大事にしています。これからもこの思いは大切にしていきたいですね」

 あけぼの湯には、代替わりをしても、江戸時代から変わらない、お客さんへの細やかな気遣いがあったのです。

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