恋はいつの時代も美しい 令和で話題「万葉集」、現代女性も共感必須?

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恋はいつの時代も美しい 令和で話題「万葉集」、現代女性も共感必須?

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高桑枝実子

大学非常勤講師、日本古代文学専攻

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新元号「令和」の出典となったことで、関心が高まる『万葉集』。高桑枝実子さん(大学非常勤講師、日本古代文学専攻)が、その魅了と読み方を解説します。現代の私たちにも共感できる歌がたくさんあるようです。

新元号「令和」、初めて日本の古典が由来に

 4月に発表された新元号「令和」は、初めて日本の古典が由来となったことで話題になりました。

「令和」は『万葉集』の梅花の歌が由来。当時の梅は白梅だった。写真はイメージ(画像:写真AC)



「令和」の出典となったのは、『万葉集』巻五の中にある「梅花の歌三十二首」に付けられた漢文で書かれた長い序文のうち

  初春令月 氣淑風和 (初春の令月にして、気淑〈きよ〉く風和〈かぜやはら〉ぎ)

の箇所です。

 これは「(今は)新春の良き月で、空気は美しく風はやわらかであり」という意味で、現在の時を讃美する句です。その時とは、天平2(730)年正月13日、九州の大宰府にある邸宅で、大宰府の長官だった大伴旅人(おおとものたびと)が周囲の役人達を集め、梅の花を愛でて和歌を詠む風雅な宴を開いた時を指します。

 現在、「松竹梅」といわれて日本古来の花のように思われている梅ですが、実は710年の平城京遷都以降に中国大陸から伝来したばかりの貴重な植物でした。「うめ」という名称も、「梅」の中国語音「mei」から来ているとされます。

 当時の梅は白梅で、宮廷や貴族の邸宅の庭に観賞用として大切に植えられました。当時の人々にとって、梅は憧れの大陸文化を感じさせる雅な花でした。大伴旅人は、もともと都の上流貴族で漢文学を愛する風流人だったため、このように梅の花を愛でるお洒落な宴を催したのです。

そもそも『万葉集』とは?

 ところで、「令和」の出典となった『万葉集』とは、どのような古典なのでしょうか。

 『万葉集』は現存する日本最古の和歌集で、全20巻。約4500首の和歌を収めています。今から約1300年ほど前に詠まれた歌々です。一字一音の「万葉仮名(まんようがな)」で知られるように、すべて漢字で書かれています。中には、まだ漢字が解読できていない歌もあり、ちょっとした歴史ミステリーになっています。

 歌の作者は多様で、天皇や皇族、都の貴族男女、役人、庶民の男女、東国の人々、防人(さきもり)と呼ばれた軍人など幅広い階層の人々です。

 彼らの歌は

・雑歌(ぞうか)
・相聞(そうもん)
・挽歌(ばんか)

と、大きくの3つにジャンルに分けられ、収められています。雑歌は宮廷儀礼や旅、宴など晴れの場で詠まれたオフィシャな歌をいい、最も格式が高いです。「令和」の出典となった「梅花の歌三十二首」も雑歌に分類されます。

 相聞は、いわゆる恋の歌。男女間の恋歌はもちろん、同性の友人同士や家族間で交わされたプライベートな歌も相聞に入ります。挽歌は「柩(ひつぎ)を挽く歌」の意で、死者を悼む歌のことをいいます。

 この3つの中で最も魅力的なのは、男女間で交わされた相聞歌ではないでしょうか。そこには、当時の人々のリアルな心の声が歌われているため、彼らが何を見て、何を感じたのか、時にはその愛憎渦巻く人間ドラマまでが垣間見えてくるからです。

1000年の時を超えて共感! 切ない恋心の歌

 情熱的な相聞歌を数多く詠んだことで知られる歌人に、大伴坂上郎女(おおとものさかのうえのいらつめ)という女流歌人がいます。

切ない女心は、1000年前も今も変わりません(画像:写真AC)



 冒頭に出てきた大伴旅人の異母妹にあたる彼女は、若い頃、都の最有力貴族である藤原氏の四男坊、藤原麿(ふじわらのまろ)と恋愛関係にありました。次は、「あなたが恋しい」という趣旨の歌を贈って来た麿に対して、彼女が答えた歌です。

  佐保河の小石ふみ渡りぬばたまの黒馬の来る夜は年にもあらぬか(巻四・525)

 これは、「佐保河の小石を踏み渡って、宵闇(よいやみ)の中をあなたが乗った黒馬が来る夜は、年に一度でもあってほしいものです」というような意味。

 当時の男女の恋愛は、夜に男が女の家に通ってきて朝に帰るスタイルでした。佐保河は彼女の家の近くを流れる川で、この歌では七夕伝説の天の川と重ねられています。当時の馬は庶民には手の届かない貴重な乗り物で、中でも黒馬は足が速く高級でした。黒馬に乗って来る男は、今で言えばポルシェに乗って来るお金持ちの御曹司みたいなイメージです。

 要するに「七夕の彦星みたいに年に一度でもいいから、私のところに来てほしい」と男に訴えた彼女の歌からは、プレイボーイでなかなか逢いに来てくれない御曹司の訪れを待ち続ける彼女の辛い恋がうかがえます。

 彼女には、次のような相聞歌もあります。

  恋ひ恋ひて逢へる時だに愛(うるは)しき言尽くしてよ長くと思はば(巻四・661)

 これは、「長く恋い続けてやっと逢えた、その時だけでもせめてうれしい愛の言葉を尽くしてください。この恋を長くとお考えでしたら」くらいの意味。長く待ち続けてようやく逢えた時ぐらい、上辺だけのきれい言ではなく、心からの愛の言葉をありったけささやいてほしい……という彼女の気持ち、現代の私達にもすごくよく分かりますよね。

 この他にも、『万葉集』には現代の私達が共感できる歌がたくさん収められています。今まで「難しそう」と敬遠していたあなたも、現代語訳付きの『万葉集』の本を手に取ってページをめくってみてください。きっと、あなたの心に響く歌が見つかるはずです。

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