都内絶滅寸前の「水田」が足立区にあった! 田んぼを守り続けた農家の意地を聞いた

足立区の扇地区に、なんと区内唯一の水田があります。いったいなぜ残っているのでしょうか。編集者・ライターの小野和哉さんが取材しました。

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足立区「扇地区」(画像:(C)Google)
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足立区「扇地区」(画像:(C)Google)
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1932(昭和7)年の足立区内での稲作の様子(画像:足立区立郷土博物館)
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見沼代用水で野菜を洗う婦人たち。1965(昭和40)年(画像:足立区立郷土博物館)
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家の目の前になっている福来(ふくれ)みかん(画像:小野和哉)
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近所の足立区立寺地小学校の小学生たちが毎年、田植え・稲刈り体験で訪れています(画像:足立区)
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かつての足立区扇地区(画像:足立区立郷土博物館)
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足立区扇にある水田の様子。6月撮影(画像:小野和哉)
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足立区立郷土博物館の展示。新田開発が盛んだったことがわかる(画像:小野和哉)
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1932(昭和7)年の足立区内での稲作の様子(画像:足立区立郷土博物館)
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区域内の宅地所有者と借地権者が組合を結成して、土地区画整理の事業主となることもあった(画像:足立区立郷土博物館)
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小宮さんの家の畑(画像:小野和哉)
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現在の扇1丁目付近。1909(明治42)年測図の地図と1965(昭和40)年の地図。明治期と比べると周辺は宅地化がかなり進んでいるが、現在小宮さんの家がある周辺は取り残されたように農地が残っている(画像:国土地理院、時系列地形図閲覧ソフト「今昔マップ3」〔(C)谷 謙二〕)
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祖父である故・忠義さんについて中学生の頃から田んぼの手伝いをしていたという小宮英之さん(画像:小野和哉)
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直売所の「ファーム136」。収穫した稲は現在、玄米もちに加工して販売されているそうです(画像:小宮英之)
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現扇3丁目56番付近での田植えの手伝いの様子(画像:足立区立郷土博物館)

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