八王子になんと「養蚕農家」が1軒残っていた! 日本の近代化を支えた産業の今とは

蚕を育てて繭を取る養蚕農家――東京とは一見縁遠い存在に思われますが、実は八王子市に1軒残っているのをご存じでしょうか。編集者・ライターの小野和哉さんが当事者インタビューを行いました。

/wp-content/uploads/2021/09/210917_yousan_07.jpg
赤枠のなかが、養蚕農家が1軒残る八王子市「加住町」(画像:(C)Google)
/wp-content/uploads/2021/09/210917_yousan_08.jpg
1906(明治39)年測図の現・八王子市加住町の様子(画像:国土地理院、時系列地形図閲覧ソフト「今昔マップ3」〔(C)谷 謙二〕)
/wp-content/uploads/2021/09/210917_yousan_09.jpg
条桑小屋には三つの「川」があり、奥行きは8間(1間は約180cm)。ここに飼育台を置いて育てる(画像:小野和哉)
/wp-content/uploads/2021/09/210917_yousan_10.jpg
卵(タネ屋)へ注文すると湿度が管理された箱で送られてくる(画像:小野和哉)
/wp-content/uploads/2021/09/210917_yousan_11.jpg
学校での飼育用に育ててている蚕、これで二令の状態(画像:小野和哉)
/wp-content/uploads/2021/09/210917_yousan_12.jpg
春の蚕は葉が柔らかく、繭の品質も高いのだとか(画像:小野和哉)
/wp-content/uploads/2021/09/210917_yousan_13.jpg
糸を吐く状態まで育った熟蚕(じゅくさん)という成長段階(画像:長田養蚕)
/wp-content/uploads/2021/09/210917_yousan_14.jpg
出荷の様子(画像:長田養蚕)
/wp-content/uploads/2021/09/210917_yousan_15.jpg
かつて八王子で生産された絹は「浜街道」と言われる絹の道を通り横浜港まで運ばれた(画像:小野和哉)
/wp-content/uploads/2021/09/210917_yousan_16.jpg
1885(明治18)年に建てられた長田家の母屋(画像:小野和哉)
/wp-content/uploads/2021/09/210917_yousan_17.jpg
繭を使った工作ができるキットも道の駅で販売されているそう(画像:長田養蚕)
/wp-content/uploads/2021/09/210917_yousan_18.jpg
高尾山からいただいてきたという養蚕守護の護符(画像:小野和哉)
/wp-content/uploads/2021/09/210917_yousan_01.jpg
東京で唯一の養蚕農家となった長田誠一さん(画像:小野和哉)
/wp-content/uploads/2021/09/210917_yousan_02.jpg
1885(明治18)年に建てられた長田家の母屋(画像:小野和哉)
/wp-content/uploads/2021/09/210917_yousan_03.jpg
母屋の大棚につるされた回転マブシ(画像:長田養蚕)
/wp-content/uploads/2021/09/210917_yousan_04.jpg
長田家の畑(画像:長田養蚕)
/wp-content/uploads/2021/09/210917_yousan_05.jpg
撮影中、地元の子に「おさだっち!」と声をかけられる誠一さん。長年、近隣の小中学生たちに養蚕を教えてきたせいか、子どもたちからの支持は厚い(画像:小野和哉)
/wp-content/uploads/2021/09/210917_yousan_06.jpg
長田家の目の前にある勝手神社内の「蚕神社」は長きにわたり加住町の養蚕を見守ってきた(画像:小野和哉)

この画像の記事を読む

New Article

新着記事

Weekly Ranking

ランキング

  • 知る!
    TOKYO
  • お出かけ
  • ライフ
  • オリジナル
    漫画
×