都内の猛烈な通勤ラッシュ 1000万人が大移動するのに、なぜ電車は無事に走って、無事に目的地にたどり着けるのか?
コロナ禍以前、都内の通勤ラッシュは猛烈な勢いでしたが、なんやかんやで無事に通勤・通学できていました。いったいなぜでしょうか。『関西の鉄道 関東の鉄道 勝ちはどっち?』(河出書房新社)の著書がある、フリーライターの小林拓矢さんが解説します。コロナ禍で激減したラッシュ時の電車利用者 コロナ禍以前は、毎日多くの人が電車に乗って通勤していました。電車のなかはいつもぎゅうぎゅう、人でいっぱいでした。 東京都総務局の発表(2020年3月)によると、2015年時点で、 ・都外から通勤/通学する人:290万6000人 ・都内常住で都内に通勤/通学する人:739万8000人 ・都外へ通勤/通学する人:50万1000人 という数に上っています。合計でなんと1080万5000人。同年の日本の総人口が1億2710万人なので、実に8.5%もの人が一気に移動していたことになります。 しかし2020年の緊急事態宣言の発令後、どうしても出勤が必要な人以外は在宅勤務でOKということに。そのため、ラッシュ時の電車利用者は大きく減り、混雑は緩和しました。それもつかの間、やはり会社で仕事をさせるという考え方があったため、緊急事態宣言の解除後は会社での勤務へ徐々に戻っていきました。 2回目の緊急事態宣言から、在宅勤務を積極的に行う方針とはならず、飲食店の自粛要請などが中心となったため、コロナ禍以前ほどではないにせよ、街はそれなりの賑わいを見せています。 それもそのはず、一部の大手企業はテレワークを推進しているものの、それも限った話で、結局は通勤するために電車に乗る人が少なくないわけです。 コロナ禍で、鉄道各事業者は換気の徹底や消毒に力を入れていますが、東京都では4回目の緊急事態宣言下にあるわけで、やはり通勤が心配な人も多いでしょう。 複々線が目立つ東京圏主要路線 東京圏に通勤している人が車窓に目を向けたとき、乗っている路線に並行して、もう一路線あるということに気づくと思います。たいていの場合、それは複々線です。これがあるおかげで、今乗っている電車の混雑が現在の状況で済んでいるのです。 通勤ラッシュのイメージ(画像:写真AC) 例えば常磐線。都内の人は、亀有・金町あたりから都心に向かうためにエメラルドグリーンの帯をした緩行線(各駅停車)の電車に乗ります。駅のホームからは、青い帯をした土浦方面からの快速線の電車が並行して走っているのが見られます。 この複々線があるからこそ、遠くからの通勤客と近い距離の通勤客が同じ電車に乗ることなく、現在の混雑で済むのです。 JR東日本では、 ・東海道線方面 ・中央線方面 ・東北本線/高崎線方面 ・常磐線方面 ・総武線方面 という五つの方面の路線が、複々線以上になっています。 当初からこのようになっていたのではありません。国鉄の「通勤五方面作戦」という輸送力増強のための施策により、いまのような鉄道網ができたのです。 では、通勤五方面作戦とは、どのようなものだったのでしょうか? 人口集中で都市鉄道はまひ状態に人口集中で都市鉄道はまひ状態に 太平洋戦争が終わり、復興による好景気のなか、都市部には仕事を求めて多くの人が集まりました。そのため、通勤ラッシュは危機的な状況に。混雑率200%は当たり前、1960(昭和35)年の総武線は312%と、輸送力の限界を超えていました。 当時の通勤路線は、現在のように複々線ではないところがほとんどです。該当するのは、中央線の御茶ノ水~中野間、東北本線・東海道線の田端~横浜間くらいでした。 大船駅の位置(画像:(C)Google) 東海道線と横須賀線は東京~大船間で線路を共有、東北本線・高崎線方面は現在の両路線が共有している状況に加え、京浜線(現在の京浜東北線)の電車が乗り入れて、各駅に停車するという状態でした。常磐線も各駅停車と遠方からの普通列車が線路を共有、総武線も同様の状況です。 1車両17mの電車を20mの車両に置き換えたり、編成自体を長くしたりと対策は工夫していましたが、抜本的な改善には至りませんでした。 「通勤五方面作戦」が始まった そこで、これらの路線を複々線にするということになりました。 まずは東海道線方面です。横須賀線を貨物線経由で走らせる一方、品川駅からは地下にくぐらせて東京駅へと向かわせます。京浜線は延伸し、大船へと接続します。 現在の品川駅(画像:写真AC) これと一体となっているのが総武線方面です。総武線は緩行線と快速線を分離し、快速線は錦糸町から地下へと入り、東京駅で横須賀線と接続。緩行線は御茶ノ水から中央線の緩行線として中野まで行っていましたが、これと中央線の三鷹までの複々線計画と一緒にします。 中央線は中野から三鷹まで複々線となり、一部列車は地下鉄東西線へと乗り入れることに。実は三鷹から立川までの複々線化の計画もあり、用地も確保されていましたが、実現せず、高架化の際にその用地を使用しました。 残るは東北本線・高崎線と常磐線です。 東北本線・高崎線は列車によって、貨物線を使用して旅客列車が運行されていました。そこでさらに1本貨物線をつくることで、中長距離の列車を走らせる線路を確保。各駅停車する列車は「京浜東北線」として、もとの京浜線と一体となった運行に。常磐線は、各駅停車の線路を綾瀬から地下鉄千代田線に乗り入れさせました。 これらの施策により通勤ラッシュは劇的に改善され、300%を超えた混雑率が、200%を切るようになったのです。 その後の通勤ラッシュ対策その後の通勤ラッシュ対策 複々線化は劇的な施策だったため、私鉄も導入することになりました。 代表的なのが、小田急電鉄の代々木上原から向ヶ丘遊園までの複々線化です。東武鉄道では北千住から北越谷までを複々線化しました。西武鉄道や京成電鉄でも、複数の路線が重複して運行する区間の複々線化を行いました。 上野東京ライン(画像:写真AC) 一方、国鉄末期に池袋~大宮間で埼京線が開通し、その後JRになって大崎まで延伸、りんかい線と直通します。また、東京駅と上野駅の間を直通する「上野東京ライン」が新設され、山手線の混雑緩和に役立つことになります。 ほかにも、つくばエクスプレスの新設により常磐線の混雑はいっそう緩和されました。 コロナ禍がいつ終わるのか、それはわかりません。しかし、いま在宅勤務が可能な会社は、コロナ禍後もそのままである可能性が高いでしょう。都心部のオフィスビルは解約の動きが進んでいます。しかしいま出社を基本としている職場は、今後も変わらないでしょう。 現在も、ラッシュ時にはそれなりの混雑が続いています。もし「通勤五方面作戦」と、その影響を受けた各地の複々線化や新線建設、相互乗り入れなどが行われていなかったら、少し悲惨なことになっていたのではないでしょうか。 通勤時、一般的に定期券を使います。定期券は鉄道会社にとって利益率の低いものですが、押し寄せる人に対応するには必要です。そのため、昔の国鉄は多額の投資をしました。JRになってからもその状況は続きます。私鉄も同様です。 利益にならないが、そのような状況を解決しようとした通勤五方面作戦の考え方は、現在も続いています。 緊急事態宣言が続きつつも、それなりの混雑があることを考えると、ラッシュ対策にかけた鉄道人の努力が身近に感じられます。
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