1988年発売「ドラクエ3」の衝撃 買うために「ずる休み」生徒続出、しまいには国家権力すら動かした

新型コロナウイルスの影響で在宅時間が増え、再び注目を集めている家庭用ゲーム機。創生期に一大ブームを巻き起こした「ドラクエ3」の記憶を、20世紀研究家の星野正子さんがたどります。


再び活況を帯びる家庭用ゲーム機

 新型コロナウイルスの感染者の数は、再び上昇傾向です。GoToキャンペーンも「東京在住者は除外」となることになりましたし、いま近場であっても出掛けたら、感染リスクにおびえながらとなってなかなか楽しめないかもしれません。

 季節は夏本番ですが、この夏の東京は家でゆっくり過ごすというのもひとつの選択肢のように思います。

 家でゆっくりと過ごす方法といえば、やはりテレビゲームではないでしょうか。2020年3月にコロナの感染者が急増したイタリアでは、プッリャ州バーリの市長が自ら、外を出歩いている若者に向かって「家帰ってプレステでもしてろ!」と説教をして話題になりました。

 スマートフォンの普及でゲーム機は以前ほど売れていないともいわれる数年が続いてきましたが、コロナ禍でゲーム業界は好調です。

社会現象まで巻き起こしたファミコンの金字塔的ソフト『ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』(画像:スクウェア・エニックス)



 同年3月に任天堂(京都市)が発売したニンテンドースイッチの『あつまれ どうぶつの森』は、発売6週間のうちに全世界で計1300万本を売り上げ、スイッチで最も売れたタイトルになっています。

 ソニー・プレイステーション4(PS4)でも、同年4月にスクウェア・エニックス(新宿区新宿)が発売した『ファイナルファンタジーVII リメイク』は、発売後3日で世界で計350万本を売り上げています。

 家庭用ゲーム機のみならず、パソコンやスマホで無数の面白いゲームが見つけられる時代です。とりわけパソコンではPCゲームのプラットホーム「Steam」の普及とともに、あんまり話題になっていないものの、面白いゲームが次々と見つけられます。

巨大ビジネスへと一気に飛躍

 過去を振り返ると、日本人に家でテレビゲームで遊ぶことの楽しさを教えてくれたのは、任天堂のファミリーコンピュータ(以下、ファミコン)です。

 それを、単なる子どものオモチャではない巨大ビジネスだと教えてくれたのは、人気ソフト『ドラゴンクエスト』が生み出した一大ブームではないでしょうか。

最新タイトルの『ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて』(画像:スクウェア・エニックス)



 最新のナンバリングタイトルは、2017年に発売された『ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて』。

 これまでシリーズ累計で8000万本を越える売り上げを持つ、日本を代表するゲームといえる「ドラクエ」。その始まりは1986(昭和61)年5月にエニックスから発売された『ドラゴンクエスト』です。

 家庭用ゲーム機では初めてのオリジナルRPGであり、多くの子どもたちにRPGゲームという存在を教えた「ドラクエ」。

 翌年に発売された『ドラゴンクエストII 悪霊の神々』を経て、1988(昭和63)年2月に『ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』の発売が告知されると、ブームは一気に爆発します。

行列の最長は池袋のビックカメラ

 エニックスでは初期出荷にソフト100万本を準備し、販売店に出荷します。

 しかし、発売日である1988(昭和63)年2月10日、オモチャ屋にカメラ屋に電器店、当時は多かったファミコン屋などなど、おおよそファミコンソフトを扱っている店は、どこでも長蛇の列ができてパニックとなります。

 短いところでも数十人。長いところでは数百や数千人の長蛇の列ができたのです。

 当時の報道によると、最も長い列ができたのは東京・池袋のビックカメラ2店です。店の前から左折して「グリーン大通り」を首都高あたりまで続き、さらに折り返して池袋駅あたりまで。

あまりの騒動に都教委も乗り出すほど

 全長約2km、総計1万人以上が行列していたのです。前日の15時からでき始めた行列は、当日の午前11時には1万人を超えていたとう記録もあるので、実数はもはや分かりません。

 前年、同店が「ドラクエ2」を発売したときも行列はできたものの、約1kmだったといいます。それが、倍に伸びたのですから、いかに「ドラクエ3」が人気だったかは分かります。

「ドラクエ3」を求める長い長い行列ができたJR池袋駅東口(画像:写真AC)



 しかも、3日くらい前からは14回線ある電話が「ドラクエ3」の問い合わせで全部、ずっと鳴りっぱなしだったというから、混乱も度を越えています。

 当初は入荷本数のうち半分の5000本を販売する予定でしたが、行列を見て入荷分1万本を全て販売。途中で諦めて帰った人を除けば、ほとんどの人が手に入れることができたそうですが、レジも午前11時からフル稼働で、売り切ったのが16時半……。

 このような現象が全国各地で起こり、子どものオモチャという意識がまだ強かったファミコンが、巨大なビジネスになると世間に知らしめた、記念すべき日となったのです。

 この「ドラクエ3」発売日に向けて、準備をしていたのは販売店だけではありませんでした。各地の学校もそうでした。そう、この日は水曜日で平日です。学校では先生が児童や生徒に「学校をサボってドラクエを買いにいってはいけません」と厳重に注意していました。

 とりわけ、注意が厳しかったのは東京都です。

 東京都の教育委員会では同年2月4日に都内区市町村の学校に対して、「学校を休んでドラクエを買いに行かないように」と異例の通達を出していました。

 もちろん、いくら学校で通達を出しても今、この瞬間は誰よりも早く「ドラクエ3」をやりたいという激情を抑えることは容易ではありません。結果、都内では当日だけで356人が、学校を「ずる休み」して補導されるという騒動になりました。

国家権力まで動かした「ドラクエ3」

 なお、補導員に声をかけられた小中学生は「今日は創立記念日で休みですよ」と、言い逃れようとするのが定番だったとされています。

 当時の新聞を見ると「ずる休み」や「非行」という言葉がよく見られます。21世紀の今と違い、ゲームを買うために学校を抜け出すだけで悪に染まる入り口になってしまうという恐れが極めて濃厚です。これも、現代との違いといえるでしょう。

 ちなみに発売当日の『朝日新聞』には、前述のビックカメラ近くにある中学校で教頭先生に話が掲載されています。

「区教委からの通達もあり、生徒には授業が終わってからでも買えるからと注意しました。風邪のため欠席の子どもはいますが、ウチの生徒は休んで行ってはいないと思います」

 なるほど「風邪で欠席」はいたのですね……。
 
 いずれにしても「子どもがテレビゲームを買うために、学校をずる休みしている」という現象は極めて重く受け止められました。

 警察庁では、エニックスに対して「予約券を発行して児童、生徒が学校を休まないでも買えるようにする」ことを文書で依頼し、予約券は日曜日や学校が終わった時間に配るよう小売店側に協力を求めました。さらに、文部省(当時)でも各都道府県の教育委員会に通達を出しています。

 ゲームソフトひとつに、国家権力がここまで驚くなんて! ここに『ドラクエ』というゲームがいかにスゴかったかが理解できるのではないでしょうか。

 これくらいに世間と一緒に熱くなれるゲームに、生きている間、もう1回くらい出合ってみたいものです。


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