映画『ジョーカー』と渋谷ハロウィン騒動から見る、中途半端な「東京のこれから」

日本女子大学人間社会学部准教授の田中大介さんが大ヒット映画『ジョーカー』と渋谷スクランブル交差点の比較と通して、今後の東京の行方について考察します。


東京の都市暴動とハロウィンの相関性

 不幸な生い立ちを持つ主人公が、いかにして悪のカリスマになっていくのか――アメコミ界でもっとも有名な悪役の誕生を描いた映画『ジョーカー』は、2019年最大のヒット洋画になりそうです。

映画『ジョーカー』オフィシャルサイト(画像:(C)2019 Warner Bros.Ent.All Rights Reserved)



「ゴッサム・シティ」という都市の街路や路地といったストリート、バスや電車などの公共交通がさまざまな事件の舞台となって、ストーリーは展開していきます。なお、「ゴッサム・シティ」はニューヨークがモデルで、かつロケ地のひとつとされています。

 ストーリーのなかで、ピエロの仮面をつけた人びとがさまざまな交通手段を使って都心部に集まってくるシーンがあります。これはどこかで見たような光景ではないでしょうか? そう、渋谷駅前のスクランブル交差点で毎年行われるハロウィンの仮装です。

 映画『ジョーカー』は、階級闘争(支配階級と被支配階級との闘争)と都市暴動の話でもあります。もちろん「アメリカで作られたフィクションでしょ」というシニカルな人もいるでしょう。

 たしかに、ゴッサム・シティという架空の都市と東京の渋谷という実際の都市を並べるのは無理があります。ただ、東京やその近辺でそうした都市暴動がなかったわけではありません。

 戦前であれば1905(明治38)年の日比谷焼き打ち事件、戦後であれば1973(昭和48)年の首都圏国電暴動が有名です。それらと比較すると、スクランブル交差点の群衆行動には政治的なメッセージが不在です。むしろ「ただの娯楽活動」といったほうがいいでしょう。仮装をした匿名的な群衆が騒乱をおこす――そんな共通性があったとしても、映画『ジョーカー』からみると、渋谷スクランブル交差点の群衆行動は、「ぬるい」とも「おだやか」ともいえそうです。

「お行儀よくいるべき場所」での大騒ぎ

 もちろん「あんな迷惑行為をそんな風にいうのはけしからん」と憤る人も多いでしょう。実際、地元の商店や自治体・警察は少なからぬ負担や被害、損失を毎年被っています。興味のない通行人にとってもかなりの迷惑です。

 渋谷のハロウィンを報道するネット記事にも苦言、憤怒、冷笑のコメントがあふれています。そもそも、そのような大騒ぎをしたいのであれば、どこか広場・公園、会場などを借りてやればいいはずです。そうすれば白い目で見られることもないでしょう。

過去に行われた渋谷駅前のハロウィンの様子(画像:123RF)



 しかし、人が目的をもって集まるための場所ではなく、「人を効率的に流すため」のスクランブル交差点やその付近が目的地となっており、あえてそこで大騒ぎすることを楽しんでいるのが実情です。いつもお行儀よく通行すべき交通の場で大騒ぎすることのスリルに意味があるようなのです。

 この大騒ぎが興味深く、また厄介なのは、きちんとした「イベント」とはいいがたい点です。とりわけ責任を持つ主催者がおらず、その開始や終了も曖昧なところに特徴があります。

 ハロウィンの前後にだらだらとはじまり、だらだらと終ります。10月31日が平日の場合、その日に近い週末がメインになりやすいという傾向もあります。なかには「影の仕掛け人がいるはずだ」と主張する人もいますが、そうであれば、自治体や警察はそれらの主催者的な立場の人にアプローチして、コントロールすればいいはずです。

 しかし、自治体や警察が毎年繰り返しているのは、誰ともしれぬ匿名的な人びとへの「呼びかけ」です。いわく「イベントはありません」「立ち止まらないでください」など。つまり、スクランブル交差点の群衆行動は、主催者も、参加者も、開始・終了も、会場の範囲も曖昧なまま、繰り返されているのです。

 だからこそ、コスプレのイベントや舞台というより、なかば自然発生的な群衆行動としかいいようがありません。なんだかわらわら集まってきてしまうのですから、取り締まる側も大変です。『ジョーカー』で描かれたような、かつての都市暴動レベルまで至っていないのですから、むしろ「よくやっている」というべきかもしれません。

交差点のスクランブル化は1970年代から

 では全国にも、東京にも、渋谷にも多くあるにも関わらず、ほかならぬ渋谷駅前のスクランブル交差点がその現場になっているのはなぜなのでしょうか。また、いつごろから見られるようになったのでしょうか。

 渋谷駅前の交差点がスクランブル方式になったのは1970年代ですが、社会的な注目が集まったのは2000年前後からです。とくにミレニアムカウントダウンや日韓サッカーワールドカップなどが、大きなきっかけになっています。つまりスクランブル交差点は、2000(平成12)年になるまで30年ほど存在していたのですが、今のような存在感はありませんでした。

渋谷のスクランブル交差点の様子(画像:写真AC)



 こうした変化には、渋谷の繁華街を北西に広げたパルコ文化の低迷、谷底にあるという渋谷駅の地形、渋谷駅へのアクセス改良と駅前再開発、大型ビジョンとお天気カメラの増加、英語圏の映画での注目や観光ガイドへの紹介など、1990年代後半から2000年代かけて起きてきたことが関係しています。

 つまり、渋谷駅周辺が交通・通信インフラの結集点になったことで、大量の人が流れ、かつ、溜まってしまう場所になっていったのです。さらに2010年代前半から始まったハロウィンの流行には、インスタなどのSNSの普及も影響しています。こうした変化を通じて2000年代以降、渋谷駅前スクランブル交差点は群衆行動の現場となります。

行き先を見失ったかのような東京

 格差社会における政治的な闘争でもなく、かといって正式に開催された娯楽イベントでもない、ただふつふつと湧いてくる、あるいはだらだらと漏れてくるように発生するスクランブル交差点の群衆行動――左派からは「政治の不在」、右派からは「日本の劣化」と批判されそうです。

 ただ、そこに、不幸ともいいにくいが、明るい未来が見えているわけでもない日本の若者たちの「あいまいな不安やつながりの希求」を見るとすれば、そのようなエネルギーはどこへ向かうべきなのでしょうか。

東京の行くべき道とは(画像:写真AC)



 映画『ジョーカー』に出てくるピエロの仮装をした無数のジョーカーたちの激しさと対比すると、渋谷ハロウィンの空騒ぎは現代東京のそんな行き先を見失ったかのような中途半端な雰囲気を表しているようにも思えます。


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