安産・子育守り「すすきみみずく」を消滅から守る(後編)ー職人が作り方を教えなかった理由

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安産・子育守り「すすきみみずく」を消滅から守る(後編)ー職人が作り方を教えなかった理由

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昭和40年代、東京の郷土玩具「すすきみみずく」の職人はわずかとなり、後継者難が叫ばれるようになりました。その一方で、職人たちは作り方を人に教えようとしませんでした。理由は何だったのか。筆者はその答えを、亡くなった職人たちが作ったみみずくを探すなかで、図らずも知ることになったのでした。

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    上川口屋の川口雅代さん(2018年8月10日、宮崎佳代子撮影)。
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    鬼子母神堂の拝殿(2018年8月10日、宮崎佳代子撮影)。
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    吉田すずさんのみみずく制作模様。杉村 恒著『明治を伝えた手』朝日新聞社より(朝日新聞社に無断で転載することを禁じる。承認番号:18-3972 写真:日本写真家協会所蔵)
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    担い手育成と普及のための講習会で教えている、すすきみみずくの作り方。左上から時計周りに、講習会で使用する道具、使用するススキの穂と笹竹、凧紐で縛ってみみずくの頭と芯を作るところ、揃えた穂で頭を取り囲むところ(2018年8月10日、宮崎佳代子撮影)。
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    頭の周囲を取り囲んだ穂の4分の1程度を下に下げて腹部を作り(左上)、残りの穂をふたつに分けて羽を作成し凧糸で縛る(右上)。キビがらで作った目と経木で作った口と耳をボンドで接着(右下)、凧糸を隠す赤いテープの下の穂を切って完成(左下)(2018年8月10日、宮崎佳代子撮影)。
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    保存会制作のすすきみみずく。蝶と縁起の民話が書かれた紙も笹竹に結ばれている(2018年8月10日、宮崎佳代子撮影)。
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    鬼子母神詣土産べんけい図襖。昭和初期のものと推察され、大きな赤い耳を持つ「すすきみみずく」が描かれている(画像:豊島区郷土資料館所蔵)。
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    「すすきみみずく保存会」が制作したみみずく(2018年8月10日、宮崎佳代子撮影)。
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    「雑司ヶ谷図」歌川広重画(『江戸高名会亭尽』)。左端の子どもが肩に掛けているのがすすきみみずく(写真:豊島区郷土資料館所蔵)。
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    鬼子母神堂(2018年8月10日、宮崎佳代子撮影)。
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    長島さんによる、作りたてのすすきみみずく(2018年8月10日、宮崎佳代子撮影)。
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